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2019年 12月5日 東洋学園大学にて TOGAKU パラスポーツの取材をさせて頂きました

手持ちはたったの 6 つの球。 静寂の中で、それらをいかにジャックボール(目標球)に近づけられるかを競うパラスポーツ、 「ボッチャ」をご存知だろうか? このボッチャは、車椅子に乗っている方はもちろん、脳性麻痺などで体の不自由がきかない、あるいは力が弱い方でも「ボールを転がす」だけでチャレンジできる「頭脳派」パラスポーツである。パラリンピック 22 競技 の正式種目であり、最近じわじわと人気を上げている。

さて、本日は都内唯一の大学パラスポーツ部、東洋学園大学の「TOGAKU パラスポーツ」を取材した。 今回は、部員の木村選手、橋本選手、春原選手、顧問の澁谷先生にその魅力や、今後の目標などを語っていただ いた。

Q. このチームの発足の経緯を教えて下さい。

澁谷「車いすの学生が何人か入学することになり、彼らの学校生活を充実させるために何かできることはないかということで本人達と学生支援課と相談し体育館でも出来るものということでボッチャをやることになりました。」

​顧問の澁谷先生

Q. 皆さんはこの部活がきっかけでボッチャを始めたのですか?


春原「僕は高校 3年間、部活でボッチャをやっていました。2年生の時に大会に出場し出し、3年生の時に正式 に部になりました。なので高校 2 年生の時から大会には出てました。」

Q. ボッチャの魅力は何ですか?
木村「高齢者から子どもでも気軽に誰でも参加できることだと思います。」

 

橋本「ボッチャ自体のルールは簡単なので、どんな人でもできる垣根の低いスポーツであることだと思います。」

 

春原「試合をして、最後の一球までどっちが勝つかわからなく、どう投げるかによって結果が左右されることが 魅力だと思います。」

Q. 先生から見て、部員のみなさんがこのサークルでボッチャを始める前と今で、何か変わったなと感じる部分はありますか?

澁谷「いつも明るい彼らを見ていると、大学での経験で変わったというよりも、高校からもともと活動的な生徒だったと思うんですよね。私は、大学生のクラブとして障害者スポーツを盛り上げていきたい想いがあり、その上でボッチャは簡単で誰でもでき、ルールも簡単で非常に都合のいいスポーツでした。障害者スポーツを盛り上げたいという想いを実現する上では色々な人にこの競技を体験してもらうことが必要だと思っておりましたが、ただ、そ れをやるのに彼らが課外活動をするは大変ではないかと、またできるのかと心配だったんです。でも、彼らは、みな活動的で「こんなイベントの依頼があるんだけどやる?」と言うと「じゃあ、やりましょう」と言ってくれるんです。元々、そういった活動を過去にしていたからかもしれませんが、変化どうこうというよりも、彼らのことは本当に大したものだと思っています。もしかしたら、そういった活動性がこのスポーツの活動を通して身に付いたものなら、スポーツの持つ良い面が彼らに対して、ポジティブな影響をもたらしたのかなと思います。」

Q. 最近、企業が大会を開催する、パラスポーツの認知度ランキングでも上位に入るなど、ボッチャの知名度も 上昇してきているように思います。そのように、ボッチャの競技人口が増えていることについてはどう思いますか?

春原「今までこの大学の入る前からも色んなチームがあるのは知っていましたが、今更に増えているこに関して は、やはりプレーヤーとして嬉しいことだと思っています。」

橋本「ここ 2〜3 年で人気になっていて、CM でも取り上げられたり、パラリンピックもボッチャのチケットが 取りづらくなったりしていると聞きました。そんな話を聞くと改めて人気になったんだなと感じます。」

 

木村「この活動を始めて、最初の年に文化祭でイベントをしたんです。それに参加してくれたご夫婦や子ども達 がいたんですけど、学外でのイベントにも来てくれて、今年の文化祭にも来てくれたんです。そういったことを 通して、すごく興味を持ってくれる人が増えているんだなと感じました。」

Q. まだまだ知名度が低いパラスポーツは多く存在していると感じます。今後そのようなスポーツがより普及していくにはどういったことが必要だと思いますか?

澁谷「やはり"体験すること"だと思います。今はパラスポーツを応援しようという気運が高まっているところですが、観る人達がボッチャ競技をどう捉えているのかが重要だと感じています。私は、福祉的な側面からではなく、1つのスポーツとして観てもらうことが重要だと思います。結局、パラリンピアンも自分達を一人のアスリートとして見てもらいたい想いがあると思うんです。そこで、ボッチャをスポーツとして知ってもらうことが大切で、そのためには、やはり"体験すること"が一番大事だと思います。やはり、我々が行っている普及活動は重要なものだと考えています。」

Q. そのような普及活動等を通して、澁谷教授も数多くプレーされてきたと思いますがその腕前はいかがでしょう?
 

「前までは彼らにも勝っていたんですが、最近は...(笑) 障害者スポーツはどこか健常者が手加減してしまう所があると感じています。特にボッチャのように手軽に取り 組めるスポーツは特に。ところがボッチャがすごいと思うのは、一切の手加減が無用というところです。実に難しい。そこがこの競技の良さだと思います。」

Q. 澁谷教授の専攻はスポーツ心理学ですが選手達に心理的なケアは行ってますか?

 

「ケアは全くしてないです(笑)。この前の東京都障害者スポーツ大会でもみんな緊張でガチガチでした。「肩 の力抜けよ」って言ってもガチガチのままなんです。ただ、春原くんの奇跡的な一投で逆転して、そこから、み な良いプレーが出来るようになりました。ボッチャをやっていて思うのは、ゴルフのバッティングの緊張感によく似ていて、実にメンタルなスポーツだと思います。本当はメンタル的なトレーニングをやればいいんですけど、今はあまり取り入れてはないです。ただ、運動記憶の観点から考えると、ジャックボールを投げたら、その後すぐ自分のボールを投げろとはアドバイスしてます。」

Q. では、部員の皆さんは、実際にプレーしていて感じることはありますか?

木村「ジャックボールが近いか遠いかで投げ方が変わるのですが、そこがなかなか定まらないんです。」

 

澁谷「そこが定まってくれば、もっと勝てるようになるとは思います。」

Q. そこが今後の課題ですかね?

 

澁谷「そうですね。あとはやはり、戦術的な部分ですね。ただ、戦術どうこう以前に自分の意図している所にボ ールを投げれないといけないので、各々の個人練習が必要かと思います。」

Q. チームでの練習以外に自主連はしてますか?


一同「うーん。ボールが高いのでなかなか...。」

春原「そもそも、ボールが高いのでなかなか買えないんです。」


橋本「ボールもセットで 8 万円するんですよ。」

 

澁谷「養護学校の先生ともそのことを話すことがあります。中には自作されている先生もいますね。」

Q. 今後の活動について教えて下さい。

 

澁谷「競技者としての活動はもちろんですが、その中でも大学生としての役割は何かな?と考えてます。大学生 は(学生とは言えど、社会へ出る準備をしている)半社会人とも言えますので、ボッチャや障害者スポーツの普 及活動を含めて、大学生活を送ってもらえたらなと思います」

Q. 今後、そういった活動の予定はありますか?

 

澁谷「現状は、学内でのイベントが殆どではあります。ただ、そういったことだけでも、彼らの活動を見て、「自 分もこの大学の受験を」と考えた子もいたんです。その子はこちらまで通学するのがちょっと難しく、結局は入 学には至らなかったのですが、そういったことを含めると、自分達の活動はしっかりと意味があるものなのだと 改めて感じた瞬間でもありました」

Q. 最後に今後のチームの目標を教えて下さい。

 

木村「まず第一の目標はボッチャを広めることです。あとは大きな大会で優勝したいです」

 

橋本「試合に負けたとしても負けたことを後悔しないよう戦いたいです」


春原「やはりボッチャを 2020 の後も普及させていくことがパラスポーツ部としての使命だと思います」

TOGAKU パラスポーツの木村さん、橋本さん、春原さん、そして澁谷先生、ありがとうございました!

左から:春原裕弥さん、橋本​昴典さん、木村駿汰さん

「もしも自分が突然車いすになり、毎日が憂鬱で外にも出たくないと考えていた時に、この 3人に会ったとした ら、その憂鬱は吹き飛んでしまうのではないか」そう感じさせる明るさと朗らかさ、そして、競技へのまっすぐ さを持ったボッチャチーム、それが TOGAKU パラスポーツである。

一般的に「障がいがある」というのは、一瞬の「ハンデ」があると見られ、変に気を使ったり同情したりと、少々 負の側面から捉えられがちだ。しかし、今回インタビューさせていただいた 3 人は常に前向きで笑顔に溢れてお り、障がいの有無などを感じさせない一種の「強さ」を感じた。

スポーツ庁の調査結果が示している通り、多くの障がい当事者は、スポーツそのものに興味がないというデータ がある。もちろんそこには、スポーツができる環境整備からその場所へのアクセスなど、とにかく様々な問題が 山積みなのはもちろんのこと、「どう楽しいのかわからない」「自分にはできない」と考えてしまっていることも あるのだろうと推測している。

だが、彼らのように自分の障がいを生かして挑戦している姿を見ることで、その部分が徐々に変化していくので はないだろうか。そして、澁谷教授の障害者スポーツへの情熱、また東洋学園大学の多様性を実現する姿、これ らもまた同時に、これからの社会の変化に大きく寄与することになると推測している。

なぜなら、パラスポーツは 2020 で終わるのではない、2020 が夜明けだからである。
IKIRU PROJECT もまた、これからも彼らのようにチャレンジを続けるアスリートたちを、追い続けていく。