
手持ちはたったの6つの球。
静寂の中で、それらをいかにジャックボール(目標球)に近づけられるかを競うパラスポーツ「ボッチャ」をご存知だろうか?このボッチャは、車椅子に乗っている方はもちろん、脳性麻痺などで体の不自由がきかない、あるいは力が弱い方でも「ボールを転がす」だけでチャレンジできる「頭脳派」パラスポーツである。パラリンピック22競技の正式種目であり、最近じわじわと人気を上げている。
さて、本日は都内唯一の大学パラスポーツ部、東洋学園大学の「TOGAKUパラスポーツ」を取材した。今回は、部員の木村選手、橋本選手、春原選手、顧問の澁谷教授にその魅力や今後の目標などを語っていただいた。
Q. このチームの発足の経緯を教えてください。
澁谷教授:
「車いすの学生が何人か入学することになり、彼らの学校生活を充実させるために何かできることはないかということで本人達と学生支援課と相談し体育館でも出来るものということでボッチャをやることになりました。」

顧問の澁谷教授
Q. 皆さんはこの部活がきっかけでボッチャを始めたのですか?
春原選手:
「僕は高校3年間部活でボッチャをやっていました。2年生の時に大会に出場しだし、3年生の時に正式に部になりました。なので、高校2年生の時から大会には出ていました。
Q. ボッチャの魅力は何ですか?
木村選手:
「高齢者から子どもでも気軽に誰で参加できることだと思います。」
橋本選手:
「ボッチャ自体のルールは簡単なので、どんな人でもできる垣根の低いスポーツであることだと思います。」
春原選手:
「試合をして、最後の一球までどっちが勝つかわからなく、どう投げるかによって結果が左右されることが魅力だと思います。」
Q. 先生から見て、部員の皆さんがボッチャを始める前と今で何か変わったと感じる部分はありますか?
澁谷教授:
「いつも明るい彼らを見ていると、大学での経験で変わったというよりも、高校からもともと活動的な生徒だったと思うんですよね。私は大学生のクラブとして障害者スポーツを盛り上げていきたい想いがあり、その上でボッチャは簡単で誰でもでき、ルールも簡単で非常に都合のいいスポーツでした。障害者スポーツを盛り上げたいという想いを実現する上では色々な人にこの競技を体験してもらうことが必要だと思っておりましたが、ただ、それをやるのに彼らが課外活動をするのは大変ではないかと、またできるのかと心配だったんです。
でも彼らは皆活動的で「こんなイベントの依頼があるんだけどやる?」と言うと「じゃあ、やりましょう」と言ってくれるんです。元々、そういった活動を過去にしていたからかもしれませんが、変化どうこうというよりも、彼らのことは本当に大したものだと思っています。もしかしたら、そういった活動性がこのスポーツの活動を通して身に付いたものなら、スポーツの持つ良い面が彼らに対して、ポジティブな影響をもたらしたのかなと思います。」

Q. 最近、企業が大会を開催するパラスポーツの認知度ランキングでも上位に入るなど、ボッチャの知名度も上昇してきているように思います。そのようにボッチャの競技人口が増えていることについてはどう思いますか?
春原選手:
「今までこの大学に入る前から色んなチームがあるのは知っていましたが、今更に増えていることに関しては、やはりプレーヤーとしては嬉しいことだと思っています。」
橋本選手:
「ここ2〜3年で人気になっていて、CMでも取り上げられたり、パラリンピックもボッチャのチケットが取りづらくなっていると聞きました。そんな話を聞くと改めて人気になったんだなと感じます。」
木村選手:
「この活動を始めて、最初の年に文化祭でイベントをしたんです。それに参加してくれたご夫婦や子ども達がいたんですけど、学外でにイベントにも来てくれて、今年の文化祭にも来てくれたんです。そういうことを通して、すごく興味を持ってくれる人が増えているんだなと感じました。」
Q. まだまだ知名度が低いパラスポーツは多く存在していると感じます。今後そのようなスポーツがより普及していくにはどういったことが必要だと思いますか?
澁谷教授:
「やはり “体験すること” だと思います。今はパラスポーツを応援しようという気運が高まっているところですが、観る人達がボッチャ競技をどう捉えているのかが重要だと感じています。私は、福祉的な側面からではなく、1つのスポーツとして観てもらうことが重要だと思います。結局、パラリンピアンも自分達を一人のアスリートとして見てもらいたい想いがあると思うんです。そこでボッチャをスポーツとして知ってもらうことが大切で、そのためにはやはり “体験すること” が一番大事だと思います。やはり、我々が行っている普及活動は重要なものだと考えています。」
Q. そのような普及活動等を通して、澁谷教授も数多くプレーされてきたと思いますがその腕前はいかがでしょう?
「前までは彼らにも勝っていたんですが、最近は...(笑)障害者スポーツはどこか健常者が手加減してしまうところがあると感じています。ボッチャのように手軽に取り組めるスポーツは特に。ところがボッチャがすごいと思うのは、一切の手加減が無用というところです。実に難しい。そこがこの競技の良さだと思います。」
Q. 澁谷教授の専攻はスポーツ心理学ですが選手達に心理的なケアは行っていますか?
「ケアは全くしてないです(笑)。この前の東京都障害者スポーツ大会でもみんな緊張でガチガチでした。「肩の力抜けよ」って言ってもガチガチのままなんです。ただ、春原くんの奇跡的な一投で逆転してそこから皆良いプレーが出来るようになりました。ボッチャをやっていて思うのは、ゴルフのバッティングの緊張感によく似ていて、実にメンタルなスポーツだと思います。本当は、メンタル的なトレーニングをやればいいんですけど、今はあまり取り入れてはいないです。ただ、運動記憶の観点から考えると、ジャックボールを投げたら、その後すぐ自分のボールを投げろとはアドバイスします。」
Q. 部員の皆さんは、実際にプレーしていて感じることはありますか?
木村選手:
「ジャックボールが近いか遠いかで投げ方が変わるのですが、そこがなかなか定まらないんです。」
澁谷教授:
「そこが定まってくれば、もっと勝てるようになるとは思います。」
Q. そこが今後の課題ですか?
澁谷教授:
「そうですね。あとはやはり、戦術的な部分ですね。ただ、戦術どうこう以前に自分の意図している所にボールを投げれないといけないので、各々の練習が必要かと思います。」
Q. チームでの練習以外に自主練はしていますか?
一同:
「うーん。ボールが高いのでなかなか...。」
春原選手:
「そもそもボールが高いのでなかなか買えないんです。」
橋本選手:
「ボールもセットで8万円するんですよ。」
澁谷教授:
「養護学校の先生ともそのことを話すことがあります。中には自作されている先生もいますね。」
Q. 今後の活動について教えて下さい。
澁谷教授:
「競技者としての活動はもちろんですが、その中でも大学生としての役割は何かな?と考えています。大学生は(学生とは言えど、社会へ出る準備をしている)半社会人とも言えますので、ボッチャや障害者スポーツの普及活動を含めて、大学生活を送ってもらえたらなと思います。」
Q. 今後そういった活動の予定はありますか?
澁谷教授:
「現状は、学内でのイベントがほとんどではあります。ただ、そういったことだけでも、彼らの活動を見て「自分もこの大学の受験を」と考えた子もいたんです。その子はこちらまで通学するのがちょっと難しく、結局は入学には至らなかったのですが、そういったことを含めると、自分達の活動はしっかりと意味があるものなのだと改めて感じた瞬間でもありました。」
Q. 最後に今後のチームの目標を教えて下さい。
木村選手:
「まず第一の目標はボッチャを広めることです。あとは大きな大会で優勝したいです。」
橋本選手:
「試合に負けたとしても負けたことを後悔しないよう戦いたいです。」
春原選手:
「やはりボッチャをTOKYO2020パラリンピックの後も普及させていくことがパラスポーツ部としての使命だと思います。」
TOGAKUパラスポーツの木村選手、橋本選手、春原選手、そして澁谷教授、貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

左から:春原祐弥さん、橋本昂典さん、木村駿汰さん
もしも自分が突然車いすに乗る生活になり、毎日が憂鬱で外にも出たくないと考えていた時に、この3人に会ったとしたら、その憂鬱は吹き飛んでしまうのではないか。そう感じさせる明るさと朗らかさ、そして競技への真っ直ぐさを持ったボッチャチーム、それが TOGAKUパラスポーツである。
一般的に「障がいがある」というのは、一瞬の「ハンデ」があると見られ、変に気を使ったり、同情したりと、少々の負の側面から捉えられがちだ。
しかし、今回インタビューさせていただいた3人は常に前向きで笑顔に溢れており、障害の有無などを感じさせない一種の「強さ」を感じた。
スポーツ庁の調査結果が示している通り、多くの障がい当事者は、スポーツそのものに興味がないというデータもある。もちろんそこには、スポーツができる環境整備からその場所へのアクセスなど、とにかく様々な問題が山積みなのはもちろんのこと「どう楽しいのかわからない」「自分にはできない」と考えてしまっていることもあるのだろうと推測している。
だが彼らのように自分の障がいを生かして挑戦している姿を見ることで、その部分が徐々に変化していくのではないだろうか。
そして、澁谷教授の障害者スポーツへの情熱、また東洋学園大学の多様性を実現する姿、これらもまた同時に、これからの社会の変化に大きく寄与することになると推測している。
なぜなら、パラスポーツは TOKYO2020パラリンピックで終わるのではない。TOKYO2020が夜明けだからである。
IKIRU PROJECTもまた、これからも彼らのようにチャレンジを続けるアスリートたちを追い続けていく。
TOGAKUパラスポーツ(東洋学園大学公式サイト)
https://www.tyg.jp/campuslife/sports.html