晴眼者とともに学ぶ視覚障害者教養講座


真っ⻘な⻘空が美しい冬晴れの12月20日(日)港区にある東京都障害者福祉会館にて「晴眼者とともに学ぶ視覚障害者教養講座 第3回」が実施された。

これは、東京都教育委員会が、視覚障害者の方々が教養を深めていく学びの場として、そして互いの交流の場としておおむね月1回開催している講座である。なお、晴眼者(視覚障害がない人)も参加することができ、障害を持つ方々との相互理解の場としてもねらいとして いる。

この日の参加者は、視覚障がいを持っている方のガイドヘルパー含めておよそ25名。ほぼ満員での開催となった。

この日のテーマは「新しい生活様式で暮らすヒント・3 地震などの災害の備えと、新しい生活様式での避難所〜視覚障害者のための防災の心得〜」

全国各地でも講演を実施している国立障害者リハビリテーションセンター研究所 社会適応システム研究室⻑の北村弥生 さんがゲストスピーカーとして、登壇した。

地域と密接に関わっている研究員の方だからだろうか、参加者の方とも積極的に会話で交流しながら講義を進めている姿が印象的であった。

私がこの講義に参加したのは、前回の日本財団での取材を踏まえて「遠い世界ではなく、すぐそばにいる視覚障がい者の日常」についてより知りたいという気持ちがより一層強くなったからである。

そのため今回は、講義の内容というよりも「私が一体ここでどのような体験をしたか」をメインとしてまとめていくこととする。


視覚障がいを持っている方々に囲まれて発見したこと

  • 基本のコミュニケーションは「会話」 まず印象的だったのが「前から◯番目の席です」 「テーブルには×マークが貼ってあります」などのガイドヘルパーさんたちの会話による説明である。目が見えている自分なら、どこに何があるのか説明をしなくとも、理解することができる。前回の日本財団での参加者の方々が話していた「視覚に障害を持つ私たちは 空間把握がまず大事」という話をしていたのをここで思い出した。


  • ほぼ全員が白杖を持っている。

配布された点字テキスト。指でなぞって読む。


  • テキストは「点字」のものが用意されている。横にいらっしゃった方は人差し指でスーっと突っかかりなくなぞり点字を読んでいる。点字は、一つ一つ丁寧に読むものだと思っていた私としてはその速さに驚いてしまった。その速度はおそらく目が見える人間が本を読んでいる速度と何ら変わらないほどである。


  • 相槌をよく返す。通常、晴眼者たちが講義のスタイルをとると「静かにしなくてはいけない」という意識が働くせいか、参加者側からのレスポンスは少ない。だが、先ほど述べたように彼らのコミュニケーションのメインが「会話」ということもあり、北村さんや他の方々の発言に対して「うんうん」や「へぇー」といった相槌を返していることが多かった。


  • 点字が表示される特殊なメモ用キーボードを使っている方がいる。通常のパソコン用キーボードがもう少し小型になったほどの大きさで、点字ディスプレイが搭載されている。入力するとそこに点字で文字が表示されるもの。そこを指でなぞりながらカタカタとキーボー ドを叩いてメモを取っていた。


  • テキストファイルなど「音声変換できるもの」があれば書類も読める。


以上のような発見・体験をした。

ここでは、目が見えている自分にとっては予想以上に「非日常」の世界が広がっていた。 何もかもが驚きの連発。脳もいつもと違うところを稼働しているようで、周りを認知するの に少し時間がかかってしまうほどだ。

この日のこの場所では私が「マイノリティ」なのである。まだ学びの浅い自分にとっては、 少し肩身の狭い感覚があった。 しかしこの感覚は、いわゆる社会では視覚障がい者の方は毎日感じていることかもしれない。私がここでは非日常だったように、晴眼者の日常社会は視覚障がい者の非日常なので ある。



やはり「コミュニケーション」が大切

さて、ここまでは現場の発見を述べてきたが、ここからは講義の内容に少し触れることとする。

先日の視覚障がい者のボランティア参加実践報告会での方々がお話されていた「障がいを持つ人、持たない人が理解し合うためには、コミュニケーションがまず大切になる」という意見は防災の場でも同じように言えるようだ。

地震や水害などが起きた際、食べ物などを備蓄しておくことは大切であるが、もうひとつ大 切なことがある。それは、「頼れる人を、地域コミュニティの中から探しておくこと」である。

そしてそのために必要なのは、やはり普段からまわりとの「コミュニケーション」をすることであると今回のゲストスピーカーの北村さんは話す。

しかし、参加していた障がいを持つ方からは「それは難しい」という声が上がってきていた。

「障がいを持つ人間は近所付き合いが難しく、誰を頼ればいいのかわからない不安が常にある」そうだ。 つまり、晴眼者と障がい者には「コミュニケーションの溝」が常に発生している状態なのである。 障がい者側は、見えない分なにをどうすればいいのかわからない。見えないから、頼れる人もいまいち分からないし不安が常に付き纏う。

見える人間はサポートしたくても、相手にどう伝えてどうサポートしていけばいいのかわからない。断られそうで声がかけられない。

そこで発生した溝は、だれかが繋がない限り、永遠に埋まらないままである。



両者を繋ぐ存在の必要性と相手を受け入れる体制づくり


そこで北村さんは「ガイドヘルパーさん(視覚障がい者の外出等をサポートする人)は ぜひコミュニケーションの仲介をやってほしい」と提案していた。

例えば挨拶されたら「◯○さん、今こういう方が挨拶されましたよ」などと伝える。あるいは、当事者が「この人と話したい」ということを相手に伝えるなど、その溝の「橋」に なって欲しいということであった。

ガイドヘルパーでなくとも⺠生委員の方や福祉サービスに関連した方などに相談することも、障がいを持つ人とそうではない人をつなぐためには大切であると語っていた。

また、参加していた当事者の方からは「こちら側がサポートされることは余計なお世話ではないということを態度や言葉で伝えることも大切だ。」という意見も出た。

よりコミュニケーションを通じて理解を深めていくためには、もちろん晴眼者が当事者を普段から認識することも大切であるが、当事者側からも自分の意見を地域の行政に対して 予め出しておくことや、サポートと受けやすい体制を自分から作っておくこと、そして、そばにいる人間もそれをサポートすること、というように「連動」していくことが必要になってくるようだ。



少しずつ歩み寄っていく


「見える人間から見れば、当事者側から何をして欲しいのか、どうすればいいのかがわからない。だからこそ、ちょっとずつの歩み寄りが大切である」と、北村さんは話す。

どちらかが一方的に待ったり、困ってオロオロするのではなく、少しずつでいいから理解をしようとすること、他者に気持ちを伝えること、そして心の距離を近づけていくこと、それが現在存在する視覚障がい者と晴眼者の理解を深めていく鍵になりそうだ。

相手は障がい者、という目線よりも、やはり「対人間」というスタンダードな考え方に回帰し相手のことを考えること。それだけで、両者の溝が少しずつ埋まっていくだろう。



晴眼者ということば


よく「障がい者ではない人」は総じて「健常者」と呼ばれている。だが、ここでは、視覚障がいのない人は「晴眼者(せいがんしゃ)」という呼ばれ方になっていた。「健常者」という言葉を使ってしまうと、障がいを持つ方々に対して「健康かそうではないか」というイメー ジになってしまいがちだが、「晴眼者」ならば単に「目に障がいがあるかないか」という意味合いになる。

この呼ばれ方を受けて思うのは、別段、大多数(マジョリティ)の社会で生きている人間でも、別にすごくもなんともないのだということである。 ただ目が見えている人間。それだけなのだが、世の中はなぜか五体満足である人間がさも上位であるかのような風潮が社会の水面下に無意識に存在しているように思う。それは言葉にはなっていないけれど、空気でふわふわと漂っている。マジョリティに属す人間は、基本的には生き方も、仕事も自由に選べる。でも、障がいを持つ人間に積極的に理解を示したり、 手を差し伸べることはまだ少ない。



保護するのではなく、どうすればいいかを考える


では、助ければいいのか?優しくすればいいのか?

「弱者と呼ばれる人達は助けなくてはいけない」それは、正しいし、一方で正しくないように思う。一方的に「弱者」と決めつけて守る・保護するのではなく、どうすればできるだけ 自由に働くことができるのか、それを考え、実行できる社会がまずは必要なのではないだろうか。

そのためには「コミュニケーションすること」から始まる。互いが互いを知る、あるいは体感することだ。これは自分が実際に体験・体感することでも、このように記事を通して考えることでもいい。


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