6月1日、兵庫県神戸市は日本初となる「ある取り組み」をスタートさせました。
「若者・ヤングケアラー支援」です。
◆ヤングケアラーとは?
本来大人が担うとされている家事や家族の世話などを日常的に担っている子どものこと。 (厚生労働省 HP 「ヤングケアラーとは」https://www.mhlw.go.jp/stf/young-carer.html
2019年10月早朝、20代の若者が同居し介護をしていた認知症の祖母を殺害するという痛ましい事件が起きました。
市はこの事件を受け、このようなことを二度と引き起こしてはいけないと、今回の取り組みをスタートさせました。 2020年11月にプロジェクトが立ち上がり、スピード感を持って実施となった今回の取り組みですがここまでくるためには数々の壁を乗り越えていく必要があったそうです。
今回は、神戶市福祉局政策課こども・若者ケアラー支援担当課⻑である岡本 和久さんに詳しくお話を伺いました。

今回の取り組みの設立経緯について教えて下さい。
残念なことですが、神戸市で2019年10月、20代の若者ケアラーの方が祖母を殺害する事件が報道されました。
このご家庭ですが、祖母には子どもたちがいました。家族の話し合いにより20代のお孫さんが祖母のケアを担うことになりました。祖母には認知症があり、ショートステイやヘルパーの利用を拒否したため、お孫さんが主たるケアを担うことになりました。
お孫さんはお仕事を始めたばかりで、新しい環境でまだ慣れていない中、仕事をしながら介護と両立をしなくてはいけなかったのです。
夜中も寝ていても祖母に何度も起こされてしまうというような状態もあり、心身疲労はどんどん溜まっていきました。その先に、早朝起こしてきた祖母から暴言を吐かれ、カッとなって殺害してしまったというとても痛ましい事件でした。
「ヤングケアラー」という方は、なかなか自分から SOS を出せない状態が多いんです。
今回の場合、祖母の子がいたため、お孫さんは介護保険サービスに関する決定権を持っていませんでした。
このご家庭に関わっているケアマネジャーの方は、状況をわかっていなかったわけではなかったそうですが、祖母はサービスを拒否していたため、その支援も届けられない状態でした。
判決後、神戸市⻑は「ヤングケアラーの問題は放置すべきではない。なんらかの支援・施策を検討すべきである」と表明し、このような悲劇を繰り返さないために、2020年11月に関係局でのプロジェクトチームを結成、令和3年度の予算措置を行い、今回窓口を設置し、実施に至ったという経緯があります。
関係局とは、こども家庭局、健康局、福祉局、教育委員会といった、福祉関係と教育関係の部署になります。
この支援プログラムの特徴はどのようなところでしょうか?
ヤングケアラーの定義は本来18歳未満であるのですが、神戸市では20代の若者たちも対象に含めています。それは18歳で問題が解決するわけでもなく、ケアというのはいろんな意味で⻑期的に問題が続いていきますので20代も含める対応にしています。
そして「相談・支援窓口」というように、相談を聞くだけではなく、支援につなげることも着目しています。各関係局(介護、医療、教育など)と繋がり、様々な領域と調整してマネジメントしていきます。
また様々な環境に取り巻かれているケアラーの方の支援をどうあるべきかと検討するような支援会議を開催し、ケア軽減や解消に向けて具体性を持って実行するというのが二つ目の特徴です。
三つ目は啓発であるとか周知であるとかヤングケアラーという存在を社会に周知させていき、地域で「ヤングケアラー」という存在がいるということを知ってもらうことです。本人から SOS はあまり出ないので、関係する大人やケアラー本人が認知することで、ヤングケアラーを早期発見していくということを目的としています。
4つ目の特徴として、当事者の居場所作りということを考えています。
当事者同士の交流と情報交換の場です。「当事者同士、意見交換できる場所があるとよかった」という元ヤングケアラーの方の話も調査の中で聞かれたため、そういうことも今回のプログラムの中に入れています。
実施するにあたって、苦労した部分はどのような部分ですか?
「ヤングケアラー」という概念に対する法的な裏付けがないところや「実態を把握する」という部分が特に難しいと感じています。
神戸市の場合は、関係者からヒアリングしてヤングケアラーだと思われる方をピックアップしたところ、約100事例把握できました。国のほうも今年サンプル調査をしておりますが、それでもなかなか実態が見えないというところがあ ります。
それから、福祉部局と学校は「教育委員会」とありますが、これまでこの2つの機関は繋がっているようで、十分には繋がっていませんでした。
ヤングケアラー支援については、関係機関が全体で進めていく必要があります。
教育委員会はいじめや児童虐待という ところはこれまで力をいれておりましたが、ヤングケアラーという部分への取り組みは、これからだと感じています。
その他には、人材の問題もありました。
ヤングケアラー支援というところにおいては、専門的に熟知している人材がいないところからのスタートになります。 どういうところに気をつけて支援をするのか、どういう知識が必要でヤングケアラーの支援をするためにどのような支援者を揃えるべきかということが、課題としてあります。
今は、社会福祉士、精神保健福祉士、公認心理師を配置しています。
それぞれ福祉に関わった専門家ではありますが、 ヤングケアラーについては十分に熟知しているわけではない。そのため、ヤングケアラーの方の話を伺ったり、支援されている団体から状況を聞かせていただくなど一定の研修が必要になります。今後は支援を重ねながらノウハウも重ねていく必要もありますね。
それから、必要なツールも何もない状態からのスタートだったのも大変でした。国の方で報告書は作られていますが、実際に使えるようなアセスメントシート(情報収集されたシート)やヒアリングシート(質問シート)がないので、2ヶ月ほどかけて作りました。しかし、これが有効なものであるのかどうか、今後検証しながら実施しなくては いけないところもあります。
また、広報についても課題はありました。
ポスターやチラシは作りましたが、果たしてケアラーの方に見てもらえるのだろうか?そんな不安はありましたね。若い子たちは役所に来ることもないでしょうし、積極的に「よし、相談しよう」というようなこともないでしょうから。新しい取り組みとしては SNS とか WEB を使った広告を試みています。
その上で、これからマスメディアやその他色々なところに取り上げられていく必要もあります。


現在神戸市HPにも掲載されているチラシ・ポスター
自治体で一つのプロジェクトを計画し実行するというのは結構大変なことだと思うのですが、今回即座に動くことができたのはどうしてでしょうか?
何よりもまずは市⻑のリーダーシップだと思います。
何を市の課題として取り組むのかということをはじめとして、その問題に対しての向きあい方、的確な指示をしてプロジェクトを立ち上げていくことに対して、積極的な市⻑からのリーダーシップがあったことが即座に動くことができた理由としては一番大きいと思います。
深刻な問題であり放置できないというところに敏感に指示を出されますので、そういったところには我々職員も即座に対応していかないといけないと考えております。
実際にデータを見たり実施していく中、1人の大人としてはこの現状をどう感じましたか?
私は公務員ですが、大学で福祉を学び、社会福祉士を取得して神戸市に入りました。
これまでも福祉の現場をずっと渡り歩き、児童虐待担当の係⻑をしたり障がい・高齢者虐待分野での担当課⻑をしたりと経歴は積んできたのですが、ヤングケアラーに詳しいということはありませんでした。
ヤングケアラー問題で心配したのは、なかなか見えにくい存在であるということであり、なおかつ核家族化や単身化・ 孤立化が進んでいるということですね。 そうするとですね、問題が起こっていても周りが気づかないとか、本人は SOS が出せなくなる。1 人で問題を抱えて しまい、行き着くところまでいってしまった結果、悲惨な状態になってしまう。
そういった状況にあることを、早急に発見することができれば、助かる若者たちや家族はもっといると、率直に思いました。また、いろんな支援策があるなかで、若者というのは行政から遠い存在だから、自分から相談したり繋がるとい うのは難しい。だからこそ、周りの大人が早めに SOS を察知して、それから支援機関につないでいくことがこれから 大事になるのだろうなと感じました。
ヤングケアラーという言葉がみなさんに知れわたってきたのはここ1〜2年だと思いますが、そもそも「自分がケアラーであるという自覚がない」というのは当事者の意見としてあります。
「家族をケアする」というのは自分にとって家族の中で当然のことであり、だから大変だったとしてもケアラーとは思わない。それを誰かに相談するであるとか助けを求めるとかそういう考えにまでいかないという感じです。
これからヤングケアラーであるというのをいかに社会の認知にしていくかということが大事です。
ただし、誤解されて認知されることでいじめに繋がってしまう可能性もありますので、そこは同時に啓発して防いでいかなくてはいけません。
ケアを担うということ自体は、良い面もあればマイナス面もあります。
良い面としては、大切な家族をケアするという のは自然な営みであるからこそ、そのもの自体は否定されることではないです。しかし、それが過剰になることで、子どもたちの将来に影響を及ぼしたり、勉強や遊び、習い事などやるべきことをやれないというのは大きなマイナス面です。そこを見極めて、SOSを出していいよというメッセージを伝えていくことが必要だと思っています。
そして、もうひとつ、ケアの担い手として、福祉サイドからみると、子どもたちにもケアの担い手として期待していた 部分はなかったか?というところがあります。
介護保険制度は家族のケアを前提としており、子どもが家族の役に立っているということで、ヤングケアラーをケアの担い手として入れるということがこれまで当たり前にしていたかもしれません。
国の報告書にもありましたが、これからは子どもをケアの担い手としては見ないという視点も大事になっていきます。 子どもとは本来、子どもとしての権利を担うべき存在であるという理解が乏しかった気はします。
ヤングケアラーの認知の拡大については、今後どのように解決していきますか?
ヤングケアラーという「その言葉」と「言葉の意味」を社会で認知を高めていかなくては、この問題は解決しないと思 っています。それはつまり、「ヤングケアラー」という言葉に込められている意味というものを、社会においていかに 啓発していくかということです。
その中で、一番大事なのは学校の現場ですね。
「子どものころから大切な家族のケアを担うということ自体、どの家庭でも起こる可能性はある。だからこそおかしなことではない。だけど、過剰にひとりで担うものではない。そして大変だと思うときには、家族以外の大人にも相談することができる」ということを子どもに伝えていく必要があります。
そして、学校そのものの協力はもちろん、学校でそういう場面が見られたときに先生や友達同士で声をかけることが大事だと思っています。

執務室の様子
他の自治体も同じようにヤングケアラーへの支援というのはまさにこれから考えているというところは多いかと思いますが、実施していくにはどういったことが必要になるでしょうか?
神戶市の方にはすでに多くの自治体から問い合わせがきています。
今回、大きなアクションとして国が初めてプロジェクトを立ち上げて報告書を出しているということがありますので、これからそれを自治体の責務としてそれをより明確にすることが大事になっていきます。
イギリスでは2014年に「子どもと家族に関する法律」ができ、ヤングケアラーの実態把握や支援の必要な場合は自治体が責任を負うということが明記されてはいるのですが、日本ではまだなされてないのも現実です。日本においてもそ れを対応すべき課題として法的に位置づければ、自治体としてやるということにはなると思います。またそれに向けて必要な予算措置をすることで体制というのは整っていくとも思います。
神戸市は単独で予算を作ることができましたが、それが作れるか作れないかということだけが、自治体の問題ではないと考えます。すでに全国的にヤングケアラーが課題として存在しているというのが分かってきているからこそ、全国の 自治体において、ヤングケアラーの方の将来をいかに支援してくのかという問題にこれから向き合っていくことになると思います。
このように先進的な取り組みを始めた神戶市ですが、将来のビジョンを教えてください。
神戸市は先進的な福祉ということを昔からやってきたところです。
昭和 30 年代に日本ではじめて「福祉の専門職採用」というのを始めており、そこで社会福祉士を持っていた私も就職しました。
これまでも福祉を先進的に取り組んできたという実績をはじめとして、1970年代には「神戶市⺠の福祉をまもる条例」を作っています。その中で、福祉計画というものをいち早く1970年代からやってきたところです。(その他の自治体は1990年代から)
神戶市において福祉をいかに大事にするかというのはこれからも大事なことだと思っておりますし、そこから今回のように新しい課題にチャレンジしていくのは自治体としての新たな姿だと考えています。
最後に、第三者がヤングケアラーに気付くことができるポイントや実際に第三者が気づいて相談にきたという実例があれば教えてください。
ヤングケアラーの割合としては約20人に1人というような状態ですので、どこの学校にいてもなんらおかしくない状態です。
ですが、多くの場合は、自分は家族の面倒を見ていることを先生や友達に言わないと答えています。
ではどういうところで周りは気づくかというと、友達と遊びに行かないことや、学校も寝不足で遅刻したり不登校になるということや、学校の勉強についていけてなくて学校の勉強が面白くなくなっている様子が見られることなど、そういうところなんですね。
他にも、保育所に兄姉が送り迎えしていたりしているのを保育士さんが認識しているだとか、スーパーでいつも買い物をしているところを見るであるとか、そういう声もあります。
これまで相談があったケースだと「障がいがある20代の兄弟の面倒を姉がみており、しんどそうな姿を見かけた」といったものであったり、他には「区役所に来た際に、学校がある時間帯に小さい赤ちゃんの世話をしている小学生を見かけた」とか「祖母の病院での付き添いとしてついてきており、誰か大人が話をするのではなくて10代のお孫さんが医師に話を聞きにきていた」などのケースがあります。
学校現場だと、部活とか遊びとかに誘われても、本当の理由ではなくて、「別の用事があって」などと言葉を変えて言うので、見た目やその時言うことだけではなかなかわからないことが多いです。
ただし、それが続いたときはやはりヤングケアラーである可能性が高く、そこが気付くポイントにもなると思います。ちなみに、そういうときに先生や友達が心配して声をかけてくれたら嬉しかったというのも当事者の方の声としてあがっています。
こういったことをもし見かけた・聞いた場合には、ぜひ勇気を出して「大丈夫?」とひと声をかけてほしいと思います。
神戸市 こども・ヤングケアラーの方の相談窓口 https://www.city.kobe.lg.jp/a06448/kodomowakamono_carer.html