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「コミュニケーション」の機会を創り聴覚障害のある子どもたちの世界を広げていく。サイレントボイス 井戸上勝一


2020年より猛威を奮い始めたコロナウイルス。

その猛威は人々の健康という部分だけではなく、人々が繋がり、コミュニケーションしていく機会さえも奪ってしまいました。


マスク着用が当たり前となった今、口元が見えないため、聴覚障害のある人たちにとっては言葉が目で読み取れず、さらにコミュニケーションが取りづらい状況になっています。特に子どもたちは、うまくコミュニケーションがとれないことで、人と話すことに自信を持てず、孤立してしまうという新たな課題に直面しています。


そんな中で、大阪府に本社を置く「Silent Voice」は、大阪府と共同で、聴覚障害のある子どもたちの出張教室やオンラインコミュニティで新たな「繋がりの場所」を生み出しています。


今回は、このプロジェクトの責任者であり、耳の聞こえない両親のもと育った井戶上さんに、取り組みや課題についてお話を伺いました。


まず、御社はどのような企業であるか教えてください。


「サイレントボイス」は大きくふたつに分かれています。

一つは、株式会社サイレントボイス。こちらは「働く」に関する事業で、聴覚障害のある大人の社会での活躍の場を広げることを目的に、手話のできる講師によるコミュニケーション研修や聴覚障害のある人が働く企業へのコンサルティング事業を中心に行なっています。


もう一つは、NPO法人サイレントボイス。

こちらは、聴覚障害のある子どもたちに対しての「教育」事業です。大阪府下で「デフアカデミー」という放課後デイサービスの教室を構えるだけでなく、オンラインで全国にいる手話のできる先生と聴覚障害のある子どもたちを繋ぎコミュニケーション配慮のある授業を行う「サークルオー」という事業を運営しています。

井戸上さんは若くして今回のプロジェクトの責任者として活躍されていますが、この世界に入るきっかけとなったことはどのようなことでしょうか。

僕の両親はどちらも耳が聞こえません。

そういった耳が聞こえない両親の子どものことを「CODA(children of deaf adult)」といいます。


両親と過ごしてきた経験はもちろん影響していますが、今のやっている仕事に就いたきっかけは、前職の時まで遡ります。

前職は、発達の気になる子どもを育てる保護者向けのメディア事業に携わっていました。

500件ほど子どもたちが通う教室を回る中で気になる場面があったんです。教室に子どもがぽつんと1人でいる光景でした。よくよく先生に話を聞くと、その子は、耳が聞こえず、コミュニケーションを取れず孤立しているということが分かりました。


発達の気になる子どもに対しての支援や居場所の選択肢は増えている一方で、「聴覚障害のある子どもが安心して過ご せる場所はこんなにもないのか」という現状をそこで初めて知りました。

そのぽつんと 1人でいる子どもの姿が、自分の母親の幼少期の姿と重なりました。


そこからどういったことを感じたのでしょうか。


聴覚障害のある人の中には、「人に相談する」ということが苦手な人は少なくありません。

私の母はそうでした。

家族と一緒にいてもみんなの会話がわからない。

手話がないと、コミュニケーションがとれない。


子どもの頃からそういう経験を重ねていると、「どうせ、わかってもらえないだろうな」という経験を無意識に蓄積してしまうんです。


相談に対して、答えてもらった経験というのがないと、困ってもどうしたらいいのか、余計周りに言い出せなくなってしまうんです。そこから、孤立していきます。


私の母親も同じような体験をしてきたことがありました。

自分の体に異変があっても人には相談できず、調子が悪くなりようやく病院に行けた時には、生死に関わるくらいの状況になっていた、ということがありました。 先ほどの教室でひとりでいた子も、誰にどう分かって貰えばいいのかも分からないという感じで、その姿が母親の幼少 期と重なって見えたんです。


そういった経験から、自分の言いたいことが「ちゃんと伝わった」「わかってもらえた」そんな環境が保証できる場所 がどれぐらいあるのか?という疑問が出てきました。


そして何かできないかと考えているときに、偶然サイレントボイスと出会い、ここなら教育のあり方を変えれるんじゃないか、孤立をなくすことができる環境を作れるのではと感じ 入社しました。



耳が聞こえない大人がよりよく働くための取り組みはもちろんですが、手話&オンラインで様々な講師と繋がることができるオンラインコミュニティの「サークルオー」や今回の取り組みなど「子ども」にフォーカスした事業をされているのは、どうしてでしょうか。


研修事業で聴覚障害のある人と出会った時に感じたことがあります。

それは、幼少期に感じた「コミュニケーション含む人との関係でうまくいかなかったことが社会の中での一歩が出にくい心理的なハードルになっている」ということです。


聴覚障害のある子どもは自分のことをわかってもらえる、そんなコミュニティがないまま大人になると、自信を持ってチャレンジができなくなってしまいます。だから、まずは子どものときから視覚的にわかるというコミュニケー ションを気軽に取れる場を作ろうというのが理由の一つです。


社会の中で聞こえる子どもたちと一緒にいると話がわからないという、経験をすることも少なくありません。 たとえば子どもが公園で遊ぶときに、「何をしようか?」と子どもたちの中で議論が発生します。声だけでコミュニケ ーションが進むと、聴覚障害のある子どもにとっては何を言っているのかわからないため、議論のプロセスに入ること ができないんです。その結果、なぜそうなったのか?という流れがわからないまま、最終的に決まったことだけを聞き 続けることが多くなってしまう子どももいます。それはある意味、子どもが疑問を持ったり考えたりする機会をなくすことにも繋がってしまいます。 では文字で伝えればいいのではないか?と思いますよね。しかし、実は手話と日本語は、別の言語なんです。


それは、具体的にはどのような違いですか?


これは僕の実体験になりますが、高校生の時、僕の母親が他の人に送るメールを打っているのを見てみると、外国人が 日本語を話した時のような、片言のような文章だったんですね。


日本語だと「敬語」や「助詞」がありますが、実は手話にはそういうものもないんです。


手話は同じ言葉でも表情で意味がかわったり、日本語と違う独自の文法が存在します。両親の頭の中は、手話がベースにあるんだと感じたと同時に両親にとっては目で”わかること”が非常に重要だと実感しました。

聴覚障害のある子どもを育てる保護者の 9割は聞こえる方です。

子どもが生まれたからと言って、すぐに手話がうまくなるわけではありません。

家庭内でも自分の言いたいことが伝わらなかったりして、ますます自信を無くしてしまう負のループが生まれてしまうんです。

こういった友人や家族の間にある子どもたちのコミュニケーションの難しさにアプローチしていくことが社会の中で自分らしく選択していくことに直結すると感じますね。


だからこそ、今回のようなプロジェクトや、オンラインコミュニティというのは必要になってくるのですね。

はい。

サークルオーやデフアカデミーのように、自分と同じ境遇の子どもたちと交流できたり、ロールモデルと出会える場があれば、自分の言いたいことが伝わる経験を積むことができるのではないか、そうすれば子どもたちの新しい世界がきっと広がると思い立ち上げました。


実際に、オンラインで初めて繋がった滋賀県に住む子どもと手話で子どもと手話で話をしたときに、「耳の聞こえない 人が日本に自分以外にいることを初めて知った。」というような子どももいたんです。

聴覚障害のある子どもの出生率は1000人に1人と言われますが、両親も友達も聞こえる環境で過ごしていないが故に、聞こえないのは私だけだという孤立を感じながら生きている子もいると気付かされた出来事です。


ここでは、相手と気軽に手話で話すことはもちろんですが、さまざまなワークショップなどを通じて、「自分で考える、人に伝わるよう工夫をする」ことにもチャレンジしています。


オンラインですので、場所や時間は関係なく、子どもたちが相手と繋がることで楽しい気持ちを育む場として、そして自分で考えることにチャレンジする身近な入り口として機能していくことができると良いなと感じています。


では、これから企業としてやっていきたいことや、ビジョンはどのようなことでしょうか。


個人の話にもなってしまうかもしれませんが「聴覚障害のある人の選択肢」を増やしていきたいと考えています。

例えば、プログラミングを学びたい子がいても手話がないことでそれは選べない子ども、スポーツをやりたくても補聴器が危ないという理由でその道は選べないとか、子どもの興味・関心に対して実際にアクセスできるものが少ないという状況があります。


それは、未来の可能性を狭めてしまっていることにも繋がってしまいますよね。

だからこそ、遊び でも学びでも良いので選択肢を増えることで、聴覚障害のある子どもたちが諦めなくていい世の中を作りたいという思いがあります。


テレビを見ていて、こんな人になりたいなとか、憧れるなとか、ロールモデルみたいなものを見つける機会は誰しもあ ると思います。

でも、知られてないけど面白い人生を歩む聞こえない先輩はたくさんいます。

しかし、そのようなロールモデルがいても、子どもたちとつながる機会が少ないんです。


オンラインという枠の中であれば、いつでもどこでも繋がる環境は用いされています。思いついていたけど、 誰もやらなかっただけです。 私たちは今の時代にあった教育の選択肢を作ること、それがサークルオーの使命だと感じています。


最後にこういった新しい取り組みにチャレンジしたい若者や子どもたちに向けてメッセージをお願いします。


まず何かやりたいことが見つかっているのであれば、一回現場で体験してみるということは大事だと思います。

人生100年時代と言われているけれど、本当に100年あるかも分からない。

これは闘病中の母から感じることです。 今この瞬間やりたいと感じることは、大事にする。

それを選び続けることが、何よりも人生の成功確率を高めるのではないかと思います。



【スピーカープロフィール】


井戸上 勝一


NPO法人Silent Voice (サークルオー事業部責任者)

大阪府「NPO 等活動支援によるコロナ禍における社会課題 解決事業」プロジェクト責任者。CODA(耳の聞こえない両親の子ども)として生まれ、幼い頃から手話が身近にある 環境で育つ。

自分自身の家族との体験や、前職での経験から、人との違いがあっても自分の可能性を信じられる社会を作りたいという思いから、Silent Voice にジョイン。

若くして今回の事業のプロジェクト責任者として活躍している。

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